mitsukiのきらめきタイム

とある女子の音楽・ドラマ・映画の感想ファイル

感想&解釈 美しい歌「Time after time〜花舞う街で〜」倉木麻衣│名探偵コナン

スポンサーリンク

「Time after time〜花舞う街で〜」は、劇場版名探偵コナン「迷宮の十字路(クロスロード)」の主題歌でもあります。

七作目の「迷宮の十字路(クロスロード)」は、ファンの間でもかなりの人気作です。と同時に、主題歌であるこの歌もコナンファンの中では名曲。

ストーリーと主題歌の良さが相まって、七作目のこの作品は評価の高いものになっていると思います。

私自身「なんて美しいんだろう」と心の琴線に触れたこの曲、「Time after time〜花舞う街で〜」の感想と歌詞の意味、解釈を書いていこうと思います🌸

f:id:asparkle:20160611174026j:image

時間がない人は下の〜〜の部分をぜひ飛ばしてください!(笑)

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
私が音楽を聴くとき全般にあてはまりますが、初めてその曲を聴いたときというのは、たいてい歌詞の全体像(ストーリー)は把握できず、「美しいな」とか「なんかいい曲だな」とか「ビミョーだな」とか感覚的に捉えることが多いです。

そして、初めてこの曲を聴いたとき「美しいな」と感じたんですよね。

気になった曲は、何回も聴く、そして色々思いを巡らす・感じる、さらにあまりにも気になったら歌詞全体やストーリーを把握したくなる、それも超えると曲に込められた意味や背景を知りたくなる。

というのが私のいつものパターンなんですが、この曲はまさに最後まで当てはまってしまいました(笑)

そして、背景まで知ってしまうと満足して飽きてくる曲もありますが(知らない部分がある方が興味を持ち続けられるあれです)、この曲は背景を知るともっと好きになった数少ない曲であったりします。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

美しいメロディーと歌詞。思わず桜舞う優しい街を想像してしまうような…

・歌詞の美しさ
・私の大好きなコナンの主題歌として
の二つのポイントから私の思ったことをメモしていきたいと思います。


歌詞の美しさ

この曲は倉木麻衣さんが通学中に桜を見て美しいなと感じて綴った歌詞のようです。桜って美しいけど、それを見てこんな綺麗な歌詞を書けるのは本当にすごいなぁと思います。

歌詞を見ていくと、けっこう不思議で、解釈してこの曲のストーリーが分かると(倉木麻衣さんの意図するところかは確かではありませんが)感動します。

そして「花御堂」「薄氷(うすらい)」という季語、「薄氷(うすらい)冴返る 遠い記憶」「涙ひらり 待っていたよ」の部分の掛詞といった和歌の手法が使われているのもこれまた感動です。

この方の文章が素敵だったのでリンク貼らせていただきます。

以下私なりの解釈&感想。
「Time after time〜花舞う街で〜」
まず、タイトルの「Time after time」というのは「何回も、繰り返し」という意味。 全て解釈したあとでもう一度述べたい。

「もしも君に巡り逢えたら
二度と君の手を離さない」
この二人は以前は一緒にいて、しかしながら、歌詞の語り手である主人公が相手である「君」の手を、何かがきっかけで離してしまったということ。
「"巡り"逢えたら」というところが明日とか数年とかではなく、長い時の流れを感じさせます。
そして「二度と…離さない」という固い意思。「君」に対する強い気持ちが現れている。なのにその手を過去に離してしまったのは力不足だったのか、やむを得ない状況になったのか理由は定かでないが、主人公にとって「君」は離したくない大切な人。

春の終わり告げる花御堂
霞む花一枚(ひとひら)
「花御堂」というのは和歌の世界における春の季語。
【花御堂】
四月八日の灌仏会かんぶつえに,釈迦の像(誕生仏)を安置する,花で飾った小堂。 
―大辞林 第三版より
【灌仏会】
陰暦4月8日の釈迦(しゃか)の誕生日に、花御堂(はなみどう)に安置した釈迦像に甘茶を注ぎかける行事。正しくは5種の香水(こうずい)を注ぐ。仏生会(ぶっしょうえ)。誕生会。降誕会(ごうたんえ)。浴仏会。花祭り。《季 春》
―デジタル大辞林 より
花御堂はお釈迦様の誕生日に関連する言葉。お釈迦様といえば「転生輪廻」の教え、つまり過去世・今世・来世といった「生まれ変わり」を思い浮かべます。これはさっき述べた「巡り逢う」という長い時の流れとも重なり、今世だけでなく来世・来来世といった壮大な時を想定していると感じられます。
「春の終わり告げる 花御堂」ですが、「春の終わり」が桜が散る儚いものであるのとは対照的に、「花御堂」はお釈迦様の誕生日を祝福し人々が集まり賑わう様子が想像できます。

また「春」とは華やかな季節、そしてこの歌の二人が一緒に過ごしたであろう幸せな時間。その「終わり」の花祭りは二人の別れた時であったことも感じられる。

そして、上記のサイトでは「花祭りで人々は転生輪廻を願う」ということから主人公が「君」に巡り逢うことを願っていることが連想されるとしていてなるほどなぁと思いました。

蘇る思い出の歌この胸に今も優しく
ここで二人で過ごした時を思い出し始め、サビに繋がります。

Time after time 君と出会った奇跡
緩やかに風吹く街で
そっと手を繋ぎ 歩いた坂道
今も忘れない約束

二人が出会い、二人で過ごした幸せな時間。緩やかな風とは春風のようで、季節はやはり春。「約束」とは二番で語られる約束を指すと思います。


風に君の声が聞こえる
薄氷(うすらい)冴返る遠い記憶

「君」のことを思い出す。薄氷とは春浅い時期の薄く張った氷のことで、春の季語。そして掛詞にもなっていて、「薄らい冴え返る遠い記憶=うすらいだり鮮明に思い出したりする遠い記憶」となります。「うすらい」だり、「遠い記憶」であることから別れてから随分時間が経っている。


傷つく怖さを知らず誓い合った
いつかまたこの場所で
巡り逢おう薄紅色の
季節が来る日に笑顔で

「傷つく怖さを知らず」二人が相手を思う純粋な気持ちが伺えます。そしてそれに続いて、「いつかこの場所で」と誓い合ったということ。そして今、あの頃の二人を思い出している主人公が「巡り逢おう」と強く思い直している。と解釈しました。薄紅色の季節とは他でもなく二人が出逢い、過ごし、別れた春という季節。

一度別れてしまったら二度と会えないかもしれない、「いつか」がやって来るとは限らない、という怖さを知らずにそう誓い合って別れてしまった二人だが、そのいつかは未だに訪れていない。一度手を離してしまうことがいつ逢えるか分からないという怖さだと分かった今だからこそ、主人公の「もしも君に巡り逢えたら二度と君の手を離さない」という一番の最初の固い意思が生まれているのだと思います。


Time after time 一人花舞う街で
知らざる時は戻らないけれど
あの日と同じ変わらない景色に
涙ひらり待っていたよ

一番のサビでは、思い出した様子が描かれていましたが、二番のサビは、二人過ごした場所、そして別れた花御堂の季節に今、一人でいる主人公。「涙ひらり待っていたよ」という部分は、掛詞のようです。涙にひらりとは普通使いません。ひらりといえば花びら。「花びらが舞っていた」「涙が出るくらい待っていた」という二つのことが読み取れます。掛詞素敵です。


風舞う花びらが水面を撫でるように
大切に想うほど切なく

春の終わりの花びらが舞い散っていく切なさに、「君」のことを大切に想えば想うほど逢えないという事実が大きく感じられ切ない気持ちが例えられています。自然の情景に心情を重ねるという手法、これも和歌でよく見られます。


人は皆孤独というけれど
探さずにはいられない 誰かを
儚く壊れやすいものばかり
追い求めてしまう

儚い人の生命や、それに伴う永遠に一緒にはいられず別れはやって来る(=壊れやすい)という人間同士の関係。分かっていても人を愛することはやめられない。好きな気持ちは止めることはできず、「君」と別れた今でも「君」を探してしまう。


Time after time 色付く街で
出逢えたら約束はいらない
誰よりもずっと傷つきやすい君の
傍にいたい今度はずっと

一番のサビで過去、二番のサビで現在の様子を歌い、ラストのサビでは未来のことを歌い上げています。そして、一番の最初の固い意思をもう一度表しているよう。そして今度は強さだけでなく「傷つきやすい君」を思う主人公の優しさが添えられているように思います。


この歌は別れた後という悲しい事情を歌っているのに暗くない理由は、リンク先の方も述べられていましたが、私なりに考えてみました。

主人公はあの時、いつかが今も訪れない怖さを知らず手を離したことを悔いているようだが、そんなネガティブさは感じられません。

それは、歌の最初が「二度と君の手を離さない」で始まり、最後に言い換えて「君の傍にいたい今度はずっと」と締められ、「次は絶対離さない」「次はずっと傍にいる」という積極的な思いが感じられるからだと思います。

そして、主人公が「君」について一方的に思いを巡らしている内容にも関わらず、二人が純粋な相思相愛ということも感じられるからではないかと思います。

そして、

Time after time〜花舞う街で〜

というタイトル。この解釈を終えるとこのタイトルほど綺麗に曲を題している言葉はない気がしてきます。

Time after time とは「何回も、繰り返し」という意味。これは再会とか単純なものではなくて、今世を超える壮大な時の流れの中で何回も巡り逢うこと。

「花舞う街で」とは、二人が出逢った奇跡、二人が過ごした街、二人が別れた季節と、この歌の舞台そのものを表しています。

改めて、透き通るように綺麗で、上手く技巧が凝らしてあって、壮大で強くも優しい歌だと感じます。



長くなってしまいましたが、ここからコナンの主題歌としての感想を(笑)

コナンの主題歌として

なんとも映画に絶妙にマッチした歌ですよね。「迷宮の十字路」では、平次の初恋が和葉だったことが10年?の時を経て分かり、一方蘭と新一は、月明かりの下で一瞬だが久しぶりに再会を果たすというもの。

この歌に出てくる壮大な時間観(こんな言葉あるのか?笑)は平次和葉の十年越しの恋と、新一の会えない長い時間を連想させます。


以下、私の勝手な解釈です。

🌸新一目線

⚫予期せぬいつ逢えるか分からない別れ
新一は、トロピカルランドのあの日、事件が気になって蘭を置いて行った。もちろん新一は小さくなって(新一として)蘭に会えなくなるとは思いもしなかったから、「先に帰ってて」といつものように軽い(悪い意味でなく)気持ちだった。
⇒この歌で、長い別れになってしまうとは知らないで「君の手」を離してしまった主人公と重なる

⚫巡り逢えたら次は絶対手を離さない
予期せず毒薬を飲まされ、コナンとして蘭のもとにはいるものの、それは新一としてではないので二人にとっては「逢えない時間」「別れ」同然。「もしも君に巡り会えたら(=事件を解決して新一の姿に戻ったら)君の手を離さない」と誓う新一が想像できます。

⚫花舞う街、薄紅色の季節
主人公が思い出す君との季節は、新一が小さくなる前の蘭との思い出の数々。

つまり、、
小さくなって逢えなくなる、こんなことになるなんて知らずに、あの日蘭を置いて行ったけど、蘭と新一が過ごした日々は二人が思うより大切な日々で、お互い相手のことを大切に想っていた。予期せぬ不本意な別れに、別れる前よりも一層蘭に対する気持ちや守るべき存在という気持ちが増し、次、新一の姿に戻ったら絶対蘭を離さない、守る!みたいな切ない状況ながら、カッコイイ新一を連想しました✨

🌸平次目線

⚫もしも君に巡り逢えたら二度と君の手を離さない
小さい頃、格子から覗いた先にいた鞠をついている少女。その子が誰か分からないけど、初恋で、もし逢えたら…と高校生の今でも探していた。

f:id:asparkle:20160611173525j:image
©青山剛昌/名探偵コナン製作委員会

⚫花舞う街
その女の子に会ったのは、桜が咲き、舞う季節。

f:id:asparkle:20160611173323j:image
©青山剛昌/名探偵コナン製作委員会

⚫巡り逢い
和葉の京都の通り名の歌の歌い間違いから、あの時の女の子が和葉だったと気づく平次。

f:id:asparkle:20160611173736j:image

f:id:asparkle:20160611173745j:image
©青山剛昌/名探偵コナン製作委員会



映画の中では新一、平次ともに「巡り逢」えてます。新一は月明かりの下。平次は、あの時の初恋の女の子が和葉だったことを知る。

f:id:asparkle:20160611173828j:image
©青山剛昌/名探偵コナン製作委員会


この作品の新一と蘭はけっこう切ないけど、こういう、お互い両思いだけど、逢いたいのに逢えない、一瞬だけしか会えないみたいな切なさが、コナンの魅力だったりしますね。いつでも逢える和葉と平次と対照的に描かれているこの作品ではなおさらです。

歌詞解釈の方で、「何回も繰り返し巡り逢う」と書きましたけど、新一も、解毒剤やパイカルでコナンから新一に戻っては蘭に一瞬会ってまた元に戻ってしまい、その繰り返しですから、当てはまっているなぁと思ったり。

こう思うと、「迷宮の十字路」はほんとにいい作品だなぁと改めて思いました。